書評『Mayaキャラクターリギング』

はじめまして。東京国際工科専門職大学で講師をしております、藤田至一と申します。ゲーム業界でエンジニア寄りのテクニカル・アーティスト(以下TA)をしておりましたので、大学でもTA教育を担当しております。

さて、CG映像制作では、下図上段のようなパイプライン中のリギング工程は下図下段のような内部パイプラインに細分化されるのが一般的かと思います。

一方、ゲーム制作ではモデラー(モデリング担当者)がリガー(リギング担当者)を兼任するというのが一般的でしたが、ここ数年のゲームCG素材の高度化に伴い、TAがリギングを担当するのが業界のトレンドになっています。私も専門外のリギングを習得する必要に迫られて、プロのリガーを講師とする勉強会を開催して学生と一緒に学んでいるのですが、そこでよく耳にするのが「Mayaのリグ機能に関する教科書はあるが、リギングそのものの教科書がない」という問題です。

例えば、リギングの前半工程では骨、関節、筋肉、腱といった解剖学的知識が必要になりますが、このあたりを初学者が効率よく学べる教科書は見当たりません。結果、美術解剖学の教科書を参照しながら試行錯誤を繰り返すことになります。この背景には、リギングが比較的新しい研究領域でありエキスパートの間でも統一見解や教示法が確立していない、ということがあるように思います。

そんなおり、海外で定評のある美術系大学教員が著したリギングの教科書「Mayaキャラクターリギング」の日本語訳が出版されるということで楽しみにしていたところ、書評執筆のご依頼をいただきました。専門家の書評を期待した読者には恐縮ですが、リギングの教科書を切実に必要としている大学教員の視点で書評を書かせていただきます。

まず、本書の全体構成はこのようになっています。

  • リギングの基礎知識    :Chapter1~Chapter2
  • 2足歩行リグ       :Chapter3~Chapter5
  • 4足歩行リグ       :Chapter6~Chapter8
  • フェイシャル・リグ    :Chapter9
  • プロップ・リグ      :Chapter10
  • リグで使うMELコマンド  :Chapter11
  • スキニング        :Chapter12

Chapter3以降はMayaのデータをダウンロードして、実際にリグを組みながら読み進めます。私はMaya2023でChapter4まで動作確認をしましたが、読み込み時にレンダラー関連のエラーが出るものの、リギング作業は問題ありませんでした。

なお、意見の分かれるところですが、人型モデルのバインド・ポーズは全てTポーズとなっております。アニメーション・コントローラー(以下AC)はいわゆるモジュラー・リグを念頭において、手足、背骨、頸椎と部位ごとに章分けし、基本的なものからリボンといった発展的なものまで丁寧に解説されています。高精細で豊富な操作画面のスクリーン・ショットはMaya日本語版のものですが、完全ではないものの文中のメニュー項目名で日本語と英語が併記されています。本学では業界標準に適応すべく、上級生にはMaya英語版を使うよう指導しておりますので、このような翻訳時の配慮はとてもありがたいです。また、間違いやすい操作手順が操作画面に細かくオーバーレイ表示されていたり、全チャプターの冒頭を卒業生からのアドバイスと作業全体を俯瞰するフロー・チャートで始めるなど、長く険しい道程を進む学生が迷子にならず、モチベーションを維持したままゴールできるような工夫が随所に見られます。全体的に、著者の教育者としての長年のノウハウが凝縮されている印象です。

本書の特徴ですが、まえがきに「デザインとモデリングの内容を削除して、リギングのみに焦点を当てました」とある通り、リギング前半工程にあたるモデルのプロポーションや関節形状の修正、ケージ・モデル作成、スキニングといったジオメトリ編集が関わる部分はChapter1と最終章で少し触れている程度です。また、一貫してモデラーとリガーが別々のMayaプロジェクトで同時並行作業し、リグ側で決してジオメトリ編集しないように指導されています。つまり、著者の考えるリガーの本分はACの設計と実装であり、本書はモデリングとの境界があいまいなリギング前半はChapter3までに終わっているという前提で書かれています。

一方、リギング後半に関しては需要はあるが類似書籍ではほとんど扱われない4足歩行リグやニッチなプロップ(小道具)リグまで含め、9割越えのページが割かれています。このあたりの情報量に関しては類似書籍から頭一つ抜けている印象です。個人的にはリギング前半に関する記述が殆どないのが少し残念でしたが、先述の通り、未だリギングという言葉の輪郭が国や業界によって異なるということだと思います。

本書の対象読者は、リギング前半を一通りマスターしてACに挑戦しているプロ志向のハードコア・リガーという事になるでしょう。Mayaの基礎的な操作やショートカットキー索引なども設けられていますが、これはおそらくMayaユーザーではないリギング経験者を念頭に置いたものであり、本書は全くの初心者向けの教科書ではありません。リギング前半の教科書を期待した読者のために、本学のリギング勉強会で普段参考にしている書籍やURLを記しておきます。 

最後に、どのくらいのページ数になるのか想像もできませんが、いつの日かリギング全般を系統立てて効率よく学べる教科書が出版されることを祈念して筆を置きます。この度は、書評執筆の機会をいただき、誠にありがとうございました。

スカルプターのための美術解剖学

マヤ道

第7回リグナイト『みんなで悩めば怖くない! ~骨打ち議論人型体編 その①~』~議論結果~ リグ-BACKBONE/LIBZENT-映像・CG・ゲームのRIG(リグ)制作 (backbone-studio.com)

第8回リグナイト『みんなで悩めば怖くない! ~骨打ち議論人型体編 その②~』~議論結果~ リグ-BACKBONE/LIBZENT-映像・CG・ゲームのRIG(リグ)制作 (backbone-studio.com)

第9回リグナイト『みんなで悩めば怖くない! ~骨打ち議論人型体編 その③~』~議論結果~ リグ-BACKBONE/LIBZENT-映像・CG・ゲームのRIG(リグ)制作 (backbone-studio.com)

Mayaパーフェクトスキニングウェビナー~美術解剖学に基づくロジカルスキニング講座~ | ムービー | Autodesk :: AREA JAPAN

antCGi Rigging in Autodesk Maya Series 

カテゴリー: BOOK