米国サンフランシスコにて3月18日から22日まで開催された「Game Developers Conference(GDC)2019」。NPO法人IGDA日本は「ゲームオーディオ」をテーマとして、現地を訪れた3人の方を講師として招き、「GDC2019オーディオ報告会」を5月31日に開催しました。
「個人でGDCに行く価値は充分ある」ー櫻木氏の語るGDCの魅力
最初に登壇したのはOM FACTORY所属のリードコンポーザー、櫻木咲子氏。自身初となるGDC参加に際し、事前に行った準備と、会場での動き方について説明しました。
櫻木氏は渡航に先立ち、GDC経験の豊富な知人に声を掛ける、SNS上で検索するといった手段で情報収集を行いました。そして、参加目的を「多くの人と会い、交流し、自分の存在を知ってもらう」と定めたとのことです。
なお、今回のGDC参加における費用は50万円ほど。GDC期間中のサンフランシスコの物価高騰やチケット価格などが価格に影響しているそうでしたが、それでもGDCに個人参加する意味合いは大きいと櫻木氏は説明します。
事前に定めた目的を実行するため、櫻木氏が渡航前に行ったのは「プロフィールカードの作成」「海外のゲーム会社のリストアップ」「現地での綿密なスケジューリング」「SNSでのセルフプロモーション」「GDC Connectを用いた事前アポイントメント」など。プロフィールカードにはデモ音源URLのQRコードが印刷してあり、これを多くの方に渡すことによって自身を知ってもらうと同時に、SNSでのプロモーションとも紐づけて印象付けを行ったとのことでした。また、オリジナルのタイムスケジュールを作成することで、会場を効率良く回ることに専念できたとのことです。
櫻木氏は現地でセッションで参加することのメリットを「講演者に質問・挨拶ができる点」としています。また、自身の作品の講評が行われるDemo Derbyや、「思ったよりもアツかった」という出展ブースでのイベント、G.A.N.G. Awardsなどにも積極的に参加し、世界のトップとの会合からモチベーションを得たと語りました。
海外AAAタイトルにおけるサウンドデザイン開発事例
続いて登壇したのは、「エースコンバット7 」でサウンドディレクターを務めた株式会社バンダイナムコスタジオの渡辺量氏。AAAタイトルの開発手法に着目し、4つのセッションを紹介しました。
「Audio Bootcamp XVIII: How a Systemic Approach to Game Audio Increased Creativity and Productivity for ‘Assassin’s Creed Odyssey’」では、「アサシンクリードオデッセイ」の開発におけるオーディオワークフロー/パイプラインの重要性が語られました。
同作は巨大なスケール感と複雑性を持ったゲームであり、アセット総数も大量ですが、これに対して自動化やパイプライン構築で対応する形を取っています。「いかに手を動かさず、システマティックにサウンドを完成させていくか?」ーこの裏にあるのは、人間の手作業を信じないという意思と、イテレーションに時間を多く使うという方針でした。
これを実現するために、アニメーションに連携したシステマティックなフォーリーシステムや、オーディオディレクターが不在でも、キャラクターの背景説明や台詞の前後関係を簡潔にリンクしながら演者に説明し、全世界のスタジオからの録音を可能とする、Reaperと台本を連携したシステムを構築。「このためにReaper専任のエンジニアを雇用している」という発言に対しては会場からも驚きの声が上がりました。
続く「Building a Mixing Sandbox for ‘Just Cause 4’」では、「JUST CAUSE 4」のようなオープンワールドかつ大量のオブジェクトが存在するタイトルにおけるMIX手法について説明され、「The Sound Design for ‘God of War’」では”舞台と同じロケーションである雪の森林地帯でIRレコーディングが行う”といった旨や、フォーリーの手法に関する具体的な実装手法が解説されました。
「Designing the Bustling Soundscape of New York City in ‘Marvel’s Spider-Man’」では、世界で最も忙しい街ニューヨークをゲーム内でどう再現したかが語られました。同作では定常のベースノイズに加え、ニューヨークの混乱を示すために必要なアラームや工事音、犬の鳴き声などのワンショットをランダム3Dレイヤーで再生し、街の喧騒を再現しています。この他にも群衆エミッターや、ゲーム全ての空調と通気口に3Dエミッターを追加するといった細かい処理などを行っていますが、これらは何度も何度もイテレーションを繰り返して調整が行われました。
渡辺氏は「『アサシンクリード』のようにセンス溢れる音を作っている人たちは、テクノロジーで全て最適化・効率化し、自分たちのクオリティの上げる時間を作ることこそが重要と言っていて、一方で他の技術を凝らした開発セッションでは最終的には人間のセンスが重要という方もいて、考え方に幅があったのが興味深かったです」と講演の終わりに語りました。
数年前に登場した新規技術が実用ラインに到達、次世代機の影も
株式会社コナミデジタルエンタテインメント 金子貴紀氏は、空間音響物理シミュレートを始めとする3D音響に関する講演を行いました。GDCにおけるオーディオセッションは年々増加傾向にあり、今回は63セッションになっています。その中でも、金子氏はGDC Vaultに掲載されず、かつ技術トピックの多いスポンサーセッションおよびExpo Booth Sessionを中心に回ったと言います。
マイクロソフトのスポンサーセッションでは、GDC2017で講演された「Gears of War 4」にて活用された 音の伝播の物理シミュレーションを「Project Acoustics」という名称でアップデートし、デベロッパーに開放した旨が発表されました。「Project Acoustics」は3D空間のマテリアル情報から検出された距離や反射などを全てクラウド上で計算し、計算結果がベイクされたデータで戻ってくるという仕組みとなっており、後からWet Levelなどのパラメーター を変更するといった演出上必要な編集を行うことも可能です。金子氏は実際にビルドしたサンプルゲームを持参し、 ハイエンドな空間音響シミュレートを自由に用いることが出来ることを示しました。
続く「EMBODY」の紹介では、ここ数年で大きく注目を集めていたHRTFのパーソナライズが機械学習を用いた仕組みによって身近になったことが示され、さらに同サービスは現在Windows用SDK、UnityおよびUE4プラグイン、Resonance Audio SDKが提供されていることから、実用段階に至っていることも説明されました。
また、Dolby AtomosやDTS:X、Auro 3D、Windows Sonicなどに代表される3D音響についても言及されました。平面上のサラウンドではなく、22.2chや7.1.4chのように垂直方向にも スピーカーを配置し、上下を含めた球体状の再生環境を構築する3D音響は目新しい技術ではありませんが、ここ数年のGDCでアップデートが伝え続けられた Microsoft Spatial SoundがラップトップのスピーカーやProject xCloud にも対応されるなど、数年を経て一般化・実用化に至りつつある感覚を覚えたと金子氏は語ります。
金子氏は帰国後、「ヘッドホンと7.1.4chを聴き比べて制作できる環境があると良いのではないか」と元々7.1chだった制作スペース を7.1.4ch仕様に変更したとのこと。この背景には、次世代ハイエンドコンソールへの準備と STADIAのようなクラウドベースのゲームの登場があります。「今後はマルチプラットフォームだけでなく、1プラットフォームでマルチデバイス展開も考えていかなくてはなりません。サラウンド環境にしてもヘッドホンにしても、エンドポイントに最適化されたサウンドが必要になります」と金子氏は講演を締めくくりました。
取材・文:神山大輝