ゲームならぬ「コンピュータエンターテインメント」の開発者カンファレンスであるCEDECでは、数は少ないながらも非デジタルゲームに関する議論も行われています。CEDEC2015でもラ・シタデールLLC.代表で、IGDA日本SIG-ARG正世話人もつとめる竹内ゆうすけ氏と、原作家・脚本家・ゲームクリエイターのイシイジロウ氏による、ARG(代替現実ゲーム)に関する講演が行われました。
タイトルは「現実世界のプレイヤーとデジタル世界のキャラクターの理想的なコミュニケーションのあり方とは? 読者参加型web小説『3D小説 bell』が拓く、ユーザーを巻き込み主体的な行動を起こさせるゲームデザイン手法」。その名の通り2014年7月24日から8月24日(第一部)と、12月24日と25日(第二部)に行われた「3D小説 bell」をベースに、ARGや3D小説におけるストーリーテリングについて議論するというものです。
本作は「幼なじみの少女が『聖夜協会』という謎の組織に「悪魔」として命を狙われていることを知った青年が、彼女を助けようとして事件に巻き込まれていく」というWeb小説。青年が拾ったスマートフォンに対して「読者からメッセージを送れる」という設定があり、主人公を上手く誘導して「ハッピーエンド」をめざすというのが基本フォーマットとなります。
もっとも謎は小説内にとどまらず、▽ニコニコ動画のコメント機能で登場人物に行動を示す▽RPGツクールで作られたゲーム(シロクロサーガ)をプレイする▽提示されたリアルな場所に向かい、謎を解くなど、メディア横断型で展開されます。 時にはあるマンションの一室に読者(の一部)が集まり、キーアイテムのスマートフォンと謎、生放送用のカメラがあり、視聴者と一緒に謎を解くことも。しかもその最中にスマートフォンが参加者の一人によって持ち去られる事件が発生。Web小説が更新されると共に、犯人が登場人物の一人だったとわかる・・・などの、凝った仕掛けも用意されました。詳細は公式サイトで紹介されており、書籍版「bell」も出版されています。
ポイントは「物語(ストーリーテリング)」の存在です。竹内氏は本作で「不特定多数の読者コミュニティが知恵を絞り、運命を変えたいと願う魅力的な登場人物」を軸に、共通の物語体験が消費できる構造を提供することで、新しいエンタテインメントの創造が試みられたと整理します。 この「物語」が従来は単一メディアにパッケージングされ、消費されていましたが、本作では複数のメディアに分散し、参加者同士の相互作用によって変化していく点が特徴です。実際、想像以上に謎の解明が早く進行し、途中から結論は同じでも、そこに至る過程を大急ぎで追加・増強する必用もあったそうです。
これに対してイシイ氏はあらゆるエンタテインメントがそうであるように、ARGにおいてもビジネスモデルが重要で、それによってコンテンツが規定されるとコメント。既存のARGを広告型(映画の宣伝に活用するなど)と、独立型(ARG単体で収益を取る)に分類し、それに適した構造を取ることが重要だとしました。 その上で本作では書籍化によるマネタイズが試みられているが、厳しかったのではないかと指摘します。竹内氏も「ベストセラー小説でなければ難しく、定期的な新作は現実的ではない。本作が成立したのも実験的なプロジェクトだったゆえ」とあかし、マネタイズの多様化が求められると語りました。
ボトルネックになるのが「物語の制作コストの高さ」です。中でもインタラクティブメディアとの相性が悪く、「bell」のように制作中にストーリーを修正していては、コストがかさむのも当たり前。イシイ氏は「ゲームデザインと組み合わせることで、自動的にプレイヤーの行動がストーリーを生み出す仕組みが求められる」と語り、ここ1ー2年の自身の制作テーマだとコメント。この視点からARGについても注目していると言います。
イシイ氏が例に挙げたのは高校野球(というシステム)です。高校野球では毎年さまざまな名勝負(ストーリー)が生成され、そのシステムをベースに「ドカベン」「タッチ」などの創作ストーリーが無限に登場し、市場効果は計りしれません。これと同じようなシステムが必用で、それはデジタルに限らない。もっともテーブルトークRPGのようにゲームマスターが必用なシステムでは不十分で、人力を介さないものが求められます。
「物語」の解体と再構成、そしてマネタイズの可能性・・・わずか60分のセッションで結論が出るようなものではなく、今後もさまざまなチャレンジが期待されます。もっともスマホをはじめとしたマルチデバイス時代をむかえ、さまざまな可能性が広がる新領域であることも事実。それだけに多くのクリエイターが注目している、ということなのでしょう。会場は立ち見が出るほどの注目ぶり。参加者それぞれに、それぞれの刺激を与えたセッションでした。