画像電子学会が主催する第3回画像エンタテインメントセミナー「バーチャルリアリティのデザイン」が印刷博物館・グーテンベルグルームで2015年9月5日に開催されました。日本初の常設型VRアトラクション「Hashilus(ハシラス)」をはじめ、さまざまなVRコンテンツの制作を手がけるクリエイター4名による講演が行われましたので、参加レポートを掲載します。
セミナーでは、はじめに本セミナーの全体構成を担当した、テクニカルジャーナリストの西川善司氏よりVRコンテンツをめぐる現状が紹介されました。その後、和妻悉皆屋(わづましっかいや) の藤山晃太郎氏、サークルハイドレンジャーの渡部晴人氏、NPO法人オキュフェス代表理事の高橋建滋氏、フォージビジョンの長谷川晴久氏より、コンテンツの事例紹介やVRの可能性に関する考察などが述べられました。「Hashilus」を筆頭に、さまざまなデモも披露されるなど、盛りだくさんの内容でした。
【VRの最新動向~西川善司】
テクニカルジャーナリストとしてCG関連の技術動向を国内外にわたり幅広く取材している西川善司氏。VRについても「最新のコンピュータ技術が広範囲にわたって活用されている総合エンタテインメント」として、初期から取材を続けてきたといいます。西川氏は6月に開催されたE3(エレクトロニック・エンタテインメント・エキスポ)や、8月に開催されたSIGGRAPHで発表された最新の知見をもとに、VRを巡るトレンドを紹介しました。
VRではOculus VRの「Oculus Rift」と、ソニー・コンピュータエンターテインメントの「PlayStation VR」が二強となっており、ともに2016年前半にむけて発売準備が進んでいます。もっとも、それ以外にもさまざまなHMDが発表され、まさに百花繚乱状態。ハイエンド向けでは2560×1440ピクセルの大型液晶を左右に2基配置した「Star VR」がE3で発表され、ローエンド向けでは玩具大手のマテルが幼児向けに「View-Master」の発売を今秋に予定しています。この両者の間を埋めるように、さまざまなHMDが名乗りを上げているのです。
研究開発の分野では、NVIDIAが今年のSIGGRAPHで新型HMD「The Light-Field Stereoscope」を発表しました。これはライトフィールド再現型HMDと呼ばれるもので、同社が2013年に発表した論文「Near-Eye Light Field Display」をベースとしています。最大の特徴は2枚の液晶パネルを重ね合わせて、25段階の奥行き感を再現した点。従来の視差立体視に対して、手前のオブジェクトに注目すると背景がぼけるなど、よりリアルな視覚体験が可能になっています。
一方、網膜投写型HMDではAVEGANTが2014年に発表した「Glyph」や、同じくNVIDIAが発表した「Pinlight Display」が有名です。どちらも視野角が狭い欠点がありますが、キャリブレーションを事前に行えば、裸眼で体験できるのは大きなメリット。網膜投写方式はマイクロソフトのゴーグル型デバイス「Hololense」でも使用されている模様です。同社はHololenseをVRでもARでもない、MR(Mixed Reality)として、新しい市場を構築しようとしています。
VRコンテンツの広がりについても補足されました。現在ゲーム分野で先行しているコンテンツ開発ですが、映画やアニメーションなどの非ゲーム分野にも拡大中。映画「ホビット 竜にうばわれた王国」のクライマックスシーンを、VFXを担当したWETA DIGITALがVRで再現しています。日本でもAKB0048とアニメ「蒼穹のアクエリオン」の世界観をクロスさせた、アニメスタイルのVRコンテンツを東京ゲームショウ2014で公開した事例が紹介されました。
【デモ&トークセッション】
セミナーでは大型筐体VRアトラクション「Hashilus」の体験デモや、開発陣のトークセッションも行われました。
本作はパナソニックの乗馬フィットネス器機「ジョーバ」をハックし、筐体に活用した乗馬アトラクションです。体験者はジョーバにまたがり、Oculus Riftを装着して、手綱に相当するバーを前後に振って馬を走らせます。本製品と派生作品「鳥獣ライド」は、長崎県のハウステンボスで常設展示されており、最大4人まで対戦プレーが楽しめます。
プロデューサーの藤山晃太郎氏は、コンテンツの作り込みもさることながら、オペレーションや視覚効果なども含めて、総合的な体験デザインにつとめたと説明しました。一般ユーザーにとってVRコンテンツは、まだまだ縁遠い存在です。そのため大型モニターを通してゲーム内の状況がわかったり、他人がプレーしている姿を含めて楽しめるようにしたり、といった配慮が重要でした。いわば「体験までの導線を設計した」というわけです。
メインプログラマーの長谷川晴久氏は、最初は趣味で開発をはじめたので、自宅でジョーバの置き場所に困ったというエピソードを披露しました。またVRコンテンツ側と動きを連動させるために、ジョーバをArduinoを介して外部から制御できるようにハックする必用があったといいます。「USB接続できる家電が増えれば、VRコンテンツ制作に大きな追い風になるので、ぜひお願いしたいです」(長谷川氏)
アートやでデザイン部分を担当した高橋建滋氏は、VR酔いを低下させるためにコースの遠方まで見通せるようにして、急カーブも作らないようにしたが、ゲームエンジンのUnity上で実行速度を稼ぐのが大変だったとコメント。本作をベースにドラゴンに乗って敵を倒すシューティング「VR Dragoon Simulator prototype」を開発した渡部晴人氏は、「月並みないい方ですが、没入感と体感が加わることで、実在感が非常に高まります」と説明しました。
このほか、渡部氏と高橋氏からもOculus Riftを用いて、VRコンテンツのデモが披露されました。参加者の中にはVRコンテンツの体験自体が初めてという人も多く、体験会は非常に盛り上がりました。
【VRアトラクションの設計~藤山晃太郎】
手妻師(古典奇術師)をはじめ、ネットメディアパフォーマーや超人スポーツのプロモーターなど、多彩なフィールドで活躍中の藤山氏。その中でも最近は「Hashilus」の開発をはじめ、Team Hashilusのプロデューサーとして注目が高まっています。
当初は趣味から始まったTeam Hashilusですが、最近では「Hashilus」の拡張版である「Street Derby 360°」や、ヤマハの三輪バイク「TRICITY」の宣伝用コンテンツ「Vertial Tricity RIDE」など、商業コンテンツ開発にも乗り出しています。
中でも2015年に話題を集めたコンテンツが「Urban Coaster HARDMODE」です。本コンテンツはOculas Rif DK2の公式デモで、ビル群をジェットコースターに乗って疾走する「Urban Coaster 」を、ぶら下がり健康器を改造したブランコに乗って体験するというもの。前方には舞台演出で使われる照明フェーダーによって制御された扇風機が設置され、速度に応じて向かい風が発生します。
このように構成は非常にシンプルですが、実際に体験すると、自分は制止しているにもかかわらず、まるで体が動くかのような「自己運動感覚」が得られるのです。いわば体験者の錯覚をVRで適切に演出したという内容。藤山氏は「体験者の安全性が確保されており、量産コストも低いので、理想的なVRコンテンツ」だといいます。
一方OcuFes 2015夏で出展された「VRNSystem」は、サウンドノベルをVRで行うという実験作です。クオリティの高いホラーゲームを正攻法で作るには音・絵・演出などのコストがかさむため、怪談を楽しめる「環境」作りに注力されました。
体験者は廃屋の中で階段を聞くという設定で、椅子や鳥居の柱には、エアーコンプレッサーで動作するさまざまな仕掛けが埋め込まれています。怪談が進むにつれて、映像内で部屋の襖がはずれたり、窓が割れたりと、さまざまな展開を見せつつ、現実で座っている椅子が振動したり、肌に空気による刺激が当たったりという仕組み。今後はArduinoを介したエアーコンプレッサーの自動制御も検討されており、既存のVRコンテンツに対して演出面で補助できるような汎用システムに進化させたいと語られました。
以上のように、ただ開発するだけでなく、収益性まで考えられているTeam HashilusのVRコンテンツ。藤山氏はコンテンツの設計をする上では、可搬性や汎用性に優れることや、オペレーションコストを下げる努力をすることが、コンテンツの作り込みと同じくらい重要だと強調していました。
【VRゲーム開発の現在と未来~渡部晴人】
Oculus Riftがキックスターターで資金調達をはじめた直後から支援を行い、いち早く開発キットを入手していた渡部晴人氏。これまでにもリープモーションを用いてゼスチャーで敵を攻撃するシューティングゲーム「BLAST BUSTER」や、ドラゴンの背に乗って大空を飛び回りながら敵を攻撃する「The Gunner of Dragoon」など、さまざまな意欲作を発表しています。2015年8月に独立し、VRクリエイターとして新たな一歩を踏み出しました。
そんな渡部氏は「これまで主流だったアトラクションVRから、家庭内で楽しむコンシューマVRに時代が移りつつある」と指摘し、VRをとりまくテクノロジーの変遷について解説。現在のVRは話題性は高いものの、家庭に普及するには至っていないとして「グラハム・ベルが電話をはじめて発明して、万国博覧会に出展した時のような、第0世代にすぎない」と語ります。
またVRコンテンツはPCゲームやモバイルゲームの文法とまったく異なり、求められる技術スペックも高いため、過去の開発ノウハウが役に立ちにくいと指摘。その一方でハードやソフトの進化速度が非常に速いため、想像もできない未来が近い将来に訪れるとしました。「電話回線とワープロの時代ではGoogleのようなサービスは不可能だったでしょう」(渡部氏)
「16K以上の超高解像度ディスプレイ」「1000Hz以上の描画周期」「視野角200度以上」「認識エラーが発生せず、装着の違和感がない入力デバイス」「知覚できないほどの遅延」ーーこれらは夢物語ではなく、実際にOculus VR社内で議論されているVRの必用スペックです。これに対して現在のVR技術は貧弱にすぎず、開発できるコンテンツも大きな制限があります。「そのためファミコン初期のように、制限されたスペックでコンテンツを開発する意識が必用です」(渡部氏)
これに対して技術も急速に進化しています。半導体プロセスの微細化、高速・広帯域メモリの採用、オーバーヘッドの少ない次世代グラフィックスAPIなどです。その一方で早くも来年にはPlayStation VRとOculus Riftの製品版投入が予定されています。この状況から渡部氏は「ハイエンドなアトラクションVRと、ローエンドなコンシューマVRに二極化していく」と予測。技術は日進月歩で進化していくが、開発者は当面の間、開発対象と技術の見極めが重要だと指摘しました。
【VRで人を魅了するには~高橋建滋】
大手ゲーム会社を経て独立し、現在はNPO法人オキュフェス代表理事をつとめる高橋氏。そんな高橋氏はVRを紙・ラジオ・映像に続く第4のメディアだと位置づけます。そのうえでVRと映像の相似性を歴史的な視点から分析し、ゲームだけに限らないVRの可能性について論じました。
フランスのリュミエール兄弟らによって1890年代に誕生した映画。当初は1本数分程度の内容でしたが、まったく新しい体験に大きな話題を集めました。高橋氏は今のVRコンテンツが、まさにこの状態だと言います。
その後、映画は物語性を内包することで、大衆娯楽として発達し、産業化されていきました。高橋氏はVRコンテンツにも近い将来、物語性の内包が求められるはずで、これが家庭に普及する上で必須の要素だとします。「驚きは一瞬ですが、物語による感動は一生続きます。これによってVRコンテンツは『見世物小屋』から脱却できるのです」(高橋氏)
VRコンテンツにおける物語デザインでは「①向こうから事件がやってくる型」「②カリブの海賊型」「③ゲームに近いスタイル」の3種類が考えられるとします。
①はプレイヤーが受動的に物語を消費するもので、E3 2015で話題をあつめたホラーVRコンテンツ「Kitchen」もこのスタイル。②は第3者としてパノラマ的に物語を楽しむものです。③はオープンワールドのRPGなどに近いスタイルとなります。
一方でゲームのようなインタラクティブメディアが物語性を内包する上で、しばしば問題となるのが「主人公とプレイヤーの感情の差をどのように埋めるか」という議論です。例として上げられたのが「道ばたに倒れている女性を助けるか、襲うか」というもの。RPGでおなじみのシチュエーションですが、「VRコンテンツでは自分が望む行為ができなければ、体をのっとられたような違和感が発生する」と指摘します。
これに対して「①では感情の差が当然発生するが、物語が勝手に進行するので、ある意味で問題がない」「②では第三者という設定なので、こちらも納得しやすいが、没入感は限定される」「③では考えられるリアクションを、すべて用意できれば完璧な物語体験が得られるが、開発コストがかさむ」と分析しました。
その後、議論はゲーム以外のVRコンテンツの活用法へと移りました。高橋氏は今やエンタテイメント、ニュース、宣伝、教育、通信など、あらゆる分野で映像が使われている現状から、これらすべてがVRに置き換わる可能性があると分析。中でも宣伝やコミュニケーションといった分野で、大きな効果が期待できるとしました。
また質疑応答で「新規製品が社会に普及するための要素」として、既存製品より「圧倒的に安い」「異性にモテる」「覚え直す必用が少ない」「圧倒的な優位性がある」という4点を指摘。優位性の例として「工場の操業を止めて全社員を一斉に避難させると大損害だが、VRコンテンツだと一人で隙間時間にできる」として、VR避難訓練などのアイディアが示されました。
【Oculus Riftとペンタブレットを利用した作品作りについて~長谷川晴久】
Team Hashilusでメインプログラマーもつとめる長谷川氏。本業はIT系企業であるフォージビジョンの社員で、VR事業部長として活躍中です。そんな長谷川氏はVRコンテンツ開発に応用できそうな入力デバイスを列挙したうえで、ペンタブレットへの応用について言及。現在開発中の「ペンタVR」について解説しました。
「反力」「光学」「慣性」など、さまざまなセンサーデバイスが手ごろな価格で購入可能な昨今。中でも昨今のVRデバイスでは、光学+慣性の組み合わせが主流だと言います。一方でペンタブレットを使用すると、また違った可能性が開けると長谷川氏は指摘。タブレット上のペンの位置・筆圧・ボタン入力・ペンとタブレットの距離・傾きなど、さまざまなデータが取得できます。もちろんマルチタッチも可能。そしてなにより、Wintab APIでこれらのデータに手軽にアクセスできるのです。
こうした特徴を活かして、開発が進んでいるのが「ペンタVR」。Oculus Riftを装着し、仮想世界に浮かぶ画材の上でお絵かきができるというものです。ファンタジー世界に浸りながら作品を描いたり、任意の位置に資料や3Dモデルなどを配置し、リファレンスにいかすなどの創作アイディアも考えられます。長谷川氏は開発の発端となった「よー清水」氏のツイートを紹介し、試作品でお絵かきもしてもらったそうです。
ペンタVRの仕様は以下の通りです。ペンタブレットの上部にOculus RiftのIRカメラを設置し、IRカメラとHMDの位置関係を、仮想空間内のキャンパスと頭の位置関係に反映させています。開発にはUnityを使用し、ランタイムで作成・更新ができるレンダーテクスチャを用いて、できるだけGPU内部で処理を完結させ、フレームレートを稼ぐ工夫がなされています。
もっとも、現状では液晶タブレットに非対応だったり、マルチモニタの制御周りで課題が残っているとのこと。ただし彫刻・壁画・ライブペインディングなど可能性は幅広く、他に「ペンタブレットを魔法の石版に見立てて、呪文を描くと魔法が発動するといったインターフェースにも応用できる」とのこと。これ以外にもVR技術をからめた、さまざまな独自インターフェースを開発していきたいと抱負が述べられました。
以上のようにさまざまな角度からVRコンテンツの可能性が論じられた本セミナー。最後に本学会の会長をつとめる小町祐史氏から挨拶がありました。「これまで学会主催のセミナーといえば、上司から言われて参加する例が多かったが、こうした領域では自発的に参加したいという人が多い」と説明する小町氏。その後、10月10日に渋谷ヒカリエで開催が予定されている第4回セミナー「ゲームエンジンの非ゲーム分野への応用」について簡単に紹介があり、閉会となりました。(小野憲史)